思想
日常の中に安らぎを見つけよう。一人でいることを楽しめる自分であれ
自分がどのような行動をしても。それが自分だけの世界だけでおこっていると思うのは非常に危険だ。 ただ道を歩くだけでも、ただ体に何かをとりいれることだって、ただなにかをゴミとして捨てることだってすべて自分に返ってくる。
もちろん書きたいから、書いていて、読んでもらって共感してもらったりしたら嬉しいから書く。
日本ではありえない事だ。 この前オーストラリア人の女性と知り合い、下着について語ったら。彼女は当然のごとくしないと語った。 「Extra things to wash. Extra things to think. Too complicated!」 「洗濯物も増えるし、いろいろなこと考えなきゃいけな…
なぜ労働、お金、人間関係、地位について日々不安を抱かなければいけないのか?
私たちはその影に惑わされ、それを真実だと勘違いしてしまう。しかし、皮膚の下には、時間に縛られない本質がある。美は永遠であり、いつでも誰でも手に入れることができる。
「気にしない」という魔法 - あらゆる問題への対処法
それは「見た目の若さ」や「美しさ」だけを求めているのか、ということに繋がる。 なぜすぐに恋人や結婚相手に飽きてしまうか。 それはこの問いの中に答えが含まれている気がする。
子供の心を忘れることが大人になることなのだろうか?
Aren't adults just children wearing adult masks?
僕にとっては自分の「よくできた」作品は「自分の魂」だと感じる。 自分を売ることと似ている。 人間を売れるだろうか? 人身売買は国際法で違法ではないのだろうか?
「100億円だされても絶対売りません」
商業的に成長してるアーティストと知り合いになりたいなと思った時に売れっ子の画家がやってきた。彼は世界中で作品を売っている。Fさん
僕はお鼻はとても相性をかんがえるところで重要な気がしてきた。
「自分が」(ほとんどの人は自分がと思っているけれどそうでないとおもう)美しいと思う女性、男性と一緒になることがわたしは健全であると思う。
西洋の国では東洋人男性とはこういうイメージがある。「あなたの肌の色とか、文化とか、伝統とかどうでもいい!それを通り越してあなたは本当に本当に退屈でつまらなそうで、話しかけてくるだけ吐き気がするの!!」
しかしこの綺麗な女性に話しかける理由は何であろうか? 美しいからであろうか? それとも 友達になりたいからだろうか? ただ単に 何かしら きっかけで話しかけられるような状態だったのからだからか?
僕の理想の世界はすべてのひとが「悟り」、新しい人間として進化しない限り、世の中どんな主義(資本主義や社会主義など)で構成されていても世界や人類を破壊する傾向にむかうと思います。
まわりは、「あなたはいったい何がしたいのかわからない」「やり方が間違っている」などいろいろと言うでしょう。
照れ笑いをしながら僕に近づくが、友人になりたそうだが世間体でなれないという雰囲気を出していた。
それはたとえ正当な理由がなくても、いきなりあらわれる。 奇怪な死や、神隠しは、実はそちらの方が別世界ではもってこいのシチュエーションで、本当に彼らは闇に消え去っているのかもしれない。
温かい白湯をのんで、温かいお風呂につかって、ときに体を動かし、ストレッチを毎朝晩して、健康な食べ物を食べ、部屋を整理して、毎日のルーティーンをこなせば
それは「Absolute reality」 「真の現実」を創り上げようとしているからだ。
大人になっても、そのことについて公に喋れないということはとてつもないトラウマである。 画面をみてるぼくらもそれを知りたくないのだ。
家に着くと少し昔の実家の家の洗面所に似てる場所に僕は雑に座り込んでいる。なにやら数人慌しくなにかをしている。
ラジオ感覚で聴けます。 Artwork by Satoshi Dáte - Wondering Profile 日本では特に条件付の愛がメディアや社会で広まっています。あたかもそうでないといけないと勘違いしています。
物理的環境が変われば人生も変わる Artwork by Satoshi Dáte 生まれて間もないころは家は綺麗だった そして母も綺麗だった うちの母も若いころは綺麗にしていたのにと言っていた 彼女の人生はとても充実したのだろうと今思えばわかる
愛とは合いである Where are you now? - Artwork by Satoshi Dáte 人を愛するということも「合いする」事とおなじで、私たち皆が「すべて」を共有して、影響しあっていることを認知して感じる方法でもある。
芸術が見えない繋がりを感じさせる Artwork by Andrew Wyeth 人はなぜ絵を描いたり、物を作ったり、ダンスしたり、音楽を奏でるのか? そしてそういったクリエイティブなPractice(鍛錬)が生きていくうえでなぜ必要なのか?
あなたはどんな家に住んでいますか? Artwork by Satoshi Dáte いろいろな家族を訪問して、一緒に過ごすと感じることがある。友人関係、親と子の関係、すべての環境によって人は身の回りにあるものを自分が鏡となり吸収し、また世界に自分を映し出す。