前兆その2
前回の続き>
スタッフに聞いてみたが、彼らが危ないと思って持って行ったわけではなかった。(当然そんなわけないけど、ありうるかなと)
自分の椅子の後ろに置いたのだろうか? そんな危険なことをしたのか?
友人が僕と話している間僕の後ろを見ていたとおもうけど何故わからなかったのだろうか?
その時にまわりのひとに、友人のバッグをみておいてくれといって、外に出ていたら間に合ったかもしれないが、僕は友人がトイレから出てくるのを待ってしまった。
たぶん5分前くらいに起きたことかと思う。
僕はそのあとスタッフと事情をはなすという時間の無駄をしてしまう。
防犯カメラは設置してないといわれる。(百万近く防犯カメラが設置されているロンドンにここだけないというのはどんなお店だ)
カフェの中にいる人たちは殆どの人が気にしていないのだ。なんとも無関心だ。 カップルの二人は何も見ていない、となりにいた男二人も知らないと随分とあっさりと返事をもらう。
カフェにはたくさん人がいても、自分たちのことで他の事など気にしない。 実際僕らは話に夢中で自分のリュックの事も忘れていた。
まさかあんなに重くて、持ちにくいものが盗まれるとは思いもしなかった。
外に出ると、僕が考えていたことと同じことを言いに、カフェにいた男が外に出てきて
「うちのwifeが言ってたけど、友人がこの辺でカバンを盗まれたそうだ、でも貴重品をとって、カバンはその辺に捨ててあったようだから、きっとこの道にあると思う。探してみな」
と助言してくれた。
友人と二人で歩いていると、通りの玄関の前に黄色いバッグが無造作に置いてある。
「これ、間違いなく盗品じゃない?」
と僕が友人に言う。
友人は僕の言ったことを信じていないのか無言のまま一緒にあたりを探し続ける。
人混みが絶えない。
ここはサビルロー
紳士服の店が沢山ある。 日本語の「背広」の元になったストリートだ。
別の通りに行くと女性が商業用の大きなゴミ入れの蓋を開けて中をのぞいていた。
僕がはっと思って。
「どうしたんですか?」
と聞くと。
「私の夫のバッグが盗まれたのよ」
と少し不安な様子で慌てている感じではなかった。
僕らは驚いて
「私たちも!」と言った。
そこで旦那さんと大きな男の子が僕らのところにやってきて話をする。
「黄色いバックで…」
と2回ほど特徴を僕らに告げると。
友人が
「黄色いバッグ!」
と僕にむかって大きな声を出す。
僕はぼーっとしていて、
「黄色いバッグがどうした」
と思って友人が説明するまでさっき落ちてたバッグとあてはまらなかった。
僕らは走ってそこにもどり、まだおいてあるカバンをつかんで、彼らにわたすと。
「これこれ!」
と家族たちがほっとしたように言う。
お世辞にもきれいなバッグではなかった。
中身は全部あったようで僕は嬉しかった。
そのあと、感じの良い奥さんは僕と電話番号を交換してくれた。後で聞いたが、僕のかわりにその近くを探してくれたらしい。
それからカフェに報告したり、2時間ほどあたりをうろちょろと友人と探したが、日が暮れてきてなにも出てこなかった。
友人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
しょうがないので警察に届けにいくことにした。
日本みたいに交番が沢山あるわけではない。日本で言う警察署までいかなくてはいけない。
大きな建物の中に入るとすでに数人並んでいる。 きっとみんな何かを失くしたか盗まれたのだろう。
後ろにいるフランス人カップルと話す。
「携帯をぬすまれたんだよ」とフランス訛りの英語で僕らに話してくれた。
感じのいいカップルの横にはかわいらしい赤ん坊が何もなかったかのようにすやすやと寝ている。
「赤ん坊が無事なら…」
と僕は呟いた。
しかし本当にそうおもう。
僕は何かを盗まれた、彼らもなにか盗まれた。
でもこんな大きなカバンを盗むのだから、何でも盗むのだろう。
前にアメリカのハーレムで子供盗みが沢山いたようだ。 子供がいない家庭に売り出すらしい。 考えられない事だ。
自分の子供がいつの間にかいなくなった。 なんて想像しただけでも恐ろしい。
だからこそ、つねに「気を付けないといけない」
武道をやっていながら何をやっているのか、 先生に謝らないといけないとも思った。
Stay alart、 Be readyと自分で言い聞かせておいて、
一瞬の隙を狙われた。
アジア人だから何もしないと思ったのだろうか。
隙がありすぎるアジア人はよくスリに狙われる。
知り合いの日本人でiPhoneを3回も盗まれたことがある人がいる。
プロは勿論捕まえやすい獲物をねらう。
なんでもそうである、だまされそうな人にはだます人がやってくるように。
バッグは手に入る。大切なアナログカメラ、スケッチがたくさん書かれたスケッチ、アイデア帳、手で刺繍されたハンカチ。
大切なもの過ぎて、ふっきれてしまった。
自分の持ち物はなくしたらいつも戻ってくるので必ず戻ってくると信じることにしている。
いい教訓になったが、まだ災いは2024年までに続くのだった。
続く>