病院の横で出血する
前回の続き>
殴られたショックで頭がくらくらとしながら
ふらふらと無心で何とかまっすぐ歩いていると
口の中が切れたなと血の匂いやらいろんな匂いがこみ上げてきて
やっと状況がわかる。
殴られた時も相手の匂いなのか、いやーな匂いがした。
口に手を当てたら、真っ赤な血がべっとりとついた。マフラーが濡れているとおもったら血だらけになっているのに気付く。
ホワイトチャペル駅前には一通りがまだ少なかった。
ベンチがあったので、携帯のカメラを使って自分の顔をみる。 左の口元がぱっくりと切れて口内までみえていた。
「これはまずい」
とはっと思って。薬局に行くべきか、病院に行くべきか迷った。
大晦日で日曜日、薬局が空いてるわけないが、探そうとした。
薬局に行って、
「この傷をどう思いますか?」
とでも聞こうとしたのだろうか?
薬局に行って彼らが何をしてるのだろうか?
本当に不幸中の幸い、緊急病棟が50m先にあることを思い出した。
ここは病院の目の前。さっきこの病院に何回か通ったなと思ってた所を殴られたのだ。
これからマーケットに行くのに面倒だな。 A&E(Accident and Emergency緊急病棟)でどれくらい待たされるのもわからないし、あとで行くのでもいいのでは。と呑気なことを本当に思った。
いや、自分の体の方が大事だ。
縫ってもらえないかもしれないけど行ってみないとわからない。
と決断し病院に行く。
先に足を進めすぎたので行った道を引き返す。 さっき殴られた場所に僕は向かってるじゃないか、また殴られに行くのか? いや、病院が味方してくれる。とにかく悪者がいなそうなところに行こうじゃないか。
足早にきれいになった病院に行く。
レセプションの女性は窓越しなのでよく何を言ってるのかわからない。
まじめそうでなくて、ときどき笑ったりもして、少し不快なきもちになった。
どれくらい待つか?ときいたが結局早くて1時間といわれた。
縫ってくれるかどうかも、うやむやにいわれた。
個人情報を伝えるとすべて僕のカルテがでてきた。 日本もこうなってほしいものだ。
1時間も待ってられるかと思って、迷ったが、とりあえず、傷をはっきり確かめたかった。
鏡でみてくるから待ってくれと言って別の病棟にあるトイレまでいく。
Main Receptionで僕の足跡が建物内で響く。
面倒なことになった
と頭の中でコダマする。
いやパニックになる必要はない。ちょっと傷ができただけだ、殴れたことは終わってさらに殴られ続けるわけではない。
怪我をした時の昔の自分に引きずられる。 これからこの人生をどうしたら生きたらいいかなどというおかしな考えまでやってきた。
面倒なことになった。とまた頭が繰り返す。
大したことではないはずなのに、奈落の底に突き落とされた気がした。 このだだっ広い病棟がホラー映画のワンシーンにも思えてきた。
ある意味であのホラーなダークサイドの世界に僕は足を突っ込んで、まだタール状の闇から抜け出てない感じがした。
現実が現実でない、別の世界にどっぷりつかってしまった。 殴った手は僕の体の中に入りうごめいているような気がした。
誰もいなそうなトイレに入り、水で洗い流し、マフラーも洗う。 なんだ血はとれにくいと思ったけど案外綺麗にとれるじゃないか、不幸の中の小さな安心を感じながら水をたくさん含んだマフラーを絞る。
鏡で見ると予想以上にぱっくり切れていた。
これは縫わないとまずいな
と素人ながらに思った。
だれかが洋式トイレの部屋からでてきた、
こういう時に人と出くわすと嬉しくなるものだが、どうやら浮浪者のようだ。
「いやーさっきパンチ食らっちゃってさ」
みたいな話をできるような相手ではなかった。
僕は綺麗であろうトイレットペーパーをトイレから大量にもちだして、血を抑えた。
(賢明なことではないが、誰も何もくれなかったので…)
トイレを出るとたまたま医者がドアから顔出していた。
傷をみせて、「これは縫わないといけないですかね?」
と聞いたら
「Potentially, Yes」といわれた
ポテンシャリーって何だよと思った。
Potentially: 潜在的 に、将来の実現可能性 を秘めて。可能性 [見込み・将来性 ]がある。
日本語に訳すとわけわからんが。
した方がいいだろうという意味と言っていいだろう。
しかしなんだって、そんな遠回しの言い方をこの国の方はするのか…
絶対にひそかに、
如何にかっこいいセリフが言えるかコンテストでもイギリス全土で行われてるに違いない。
絶対そうだ。 最近はアプリがあるから、マイクにとらなくても自動的に携帯が自分の言葉を拾い上げてくれるのだ。
大晦日の日だから、最後に点数をかせいで、2023年で1位になろうとこのお医者さんは考えていたのだろう。
「緊急病棟行ったら、縫ってくれますか?」
と縫ってくれるのかくれないのかわからないから確認のために聞いたら。
「That’s what we do それが僕らのやることだ、アポを取ってきて」と言われる。
最初からはっきり言ってくれと思いながら少しほっとして、また緊急病棟へ戻る。
それはそうだ、A&Eにきて、傷だけ見て。 「あーこれは痛いねー、深いねー、じゃあ3日後にまたきて」
なことはないだろう。 怪我だったらすぐに処置しないといけないはずだ。
さらに続く>