水に浮かぶこころ

英国在住アーティストが綴る不思議なドキュメンタリーストーリー

殴られて10針縫って大切な物を盗まれる⑦

殴られた人とハグしに行くことにした

Artwork by Satoshi Dáte

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路上で殴られ10針縫って、大切な物を盗まれる⑥

 

大晦日なので病院には人も少なかった。 これもまた不幸中の幸い。 いつも不幸がおきるときは最小限の不幸を神様がぶつけてくれる。(鍛錬のためであろう) 大けがもいままでないし、死にそうになってもなんとか生き延びたりした。

15分もしないうちに東洋系の看護師が迎えてくれた。

 

基本的な確認をしてから、 

「警察に連絡した?」

と軽い調子で聞かれた。

 

そうくるか。それはそうか。

「嫌、しても意味ないと思ったので」

と返す。

 

無駄話をするほど病院は暇ではない、会話を長くしないようにたんたんと事を彼はすすめる。

 

データを打ち込んだ後に彼は

「君は2番目だからすぐにみてもらえるよ」

と微笑みながら言ってくれた。

 

僕は待合室に戻り、殴られたことを思い出す。

 

またもや失態をしてしまった。

 

毎回こうだ、危険な場所に頭を突っ込んで、そして何もできずに返り討ちにあう。武道のテクニックも何も使わなかった。

 

とこの時初めて

 

「あ」

 

となって、何年も武道を鍛錬してきたことを今思い出したのだ。そこで、あの時こうすれば、ああすれば頭の中で始まってしまった。 そんなことを考えても無駄と思い今度は殴った相手の事を考えた。

 

彼も貧しい中で盗品の自転車なんて売って生きているのか。僕に写真を撮られたことで、食いつなぐことができなくなったと思ったんだろうな。それともただ単に撮られるのが嫌なのか? 

 

いやそんなことはない、ビジネスを撮られるのがいやだったのだろう。 もしかしたら自分が探した場所で、誰にも見つからないと何十時間もかけて決めた、もしくは人を集めたりもしたのかもしれん。

 

僕は相手に怒りはなく、あそこに戻って彼と喋ろうと決心した。

 

さて、謝ろうか? いや謝る必要はない。 写真は消したよ。とでも言おうか?

 

また殴られるのではないか? いや今回は殴られないようにできる自信がある。 それにしても怪我をしたまま行くのは賢明ではないかもしれない。

たとえ傷を縫ってもらっても、また殴られたら、傷が増えるか、またぱっくりと言ってしまう。

 

でも50mで緊急病棟にかけつけられるから、また治しにきてもらえばいいではないか。

 

落ち着かせれば、もう殴らないだろう。 落ち着かせて喋って、殴る必要はなかったのではないか?とか、生きるのが苦しいなら僕に連絡したらいいとか、彼と話そうと思った。

 

最終的には握手かハグができれば上等だと想像しながら思った。

 

殴られたので多少恐怖はあるが、和合できる自信がなぜかあった。

 

それよりもまずは縫合しないといけない。

 

医者と思われる白髪な白人の男性が僕の名を呼ぶ。

 

奥の部屋まで連れて行ってくれる。

 

この人はだれだろう? NurseのNurseかな。 いつになったら外科医がやってくるのか…

 

と思ったら、どうやら彼が縫ってくれるっぽい。 

 

彼は慎重にみてくれて、顔の骨が折れてるかも全部チェックしてくれた。

 

口をあけてくれと言われる。

 

そこで僕は躊躇した。そして前にこの夢を見たことを思い出す。

 

「口を開けたら、また裂けないですか?」

「いや大丈夫だよ」

と言われてるけど心配している夢。

 

傷がついたところも全く一緒だった。と思うと、こう成るべきことだったのか。 そう考えるとしょうがないような気もした。

 

彼以外に誰もいない事に不安を感じたが、イギリスのいつものことだ。と思って気にしなくなった。

 

「外科医さんですか?」

 

ときいたら

 

「いや、僕は看護師だ」

 

といわれて、ちょっとまた大丈夫かな?と思ったけど。 こういう仕事をずっとしてそうだったので、「すみません、外科医をお願いします」と偉そうにもいう気になれなかった。

 

麻酔をしてくれて、外側に4針、口内は6針以上塗った。

 

以前事故をして顔に傷ができて、もはや顔の傷などどうでもよかった。

 

昔は自分の姿かたちにコンプレックスがあった。

 

冗談じゃなくて「世界で一番醜い人間」

 

と本気で信じていた。

 

だから傷ができたときにふっきれた。

 

傷は男の勲章などと、昔の人は言っていたが、そんな性差別的な言葉はきにくわなかった。女性に顔に傷ができるのも男性でも一緒だ。

 

外側なんて関係ない。外側はあくまで内側の象徴。 外側で内側を見るのは間違っている(見方によっては、という意味。たとえば傷ができてるからこの人は傷ものだと思うのはおかしい。外側から内側をみるには「見方」があると信じている)。

 

ここで僕が悪党だったらいきなり彼を殴ったりもあるんだろうなぁと思った。(理由なしに殴ったりはないだろうけど)

 

物騒なことばかり最近僕の周りにおきたから、なんでもいつでも起きうるということを悟った。

 

こんな無防備な看護師がここにいて、大丈夫なのか?と彼を勝手に心配した。

 

縫合は上手だった(と思う)。

 

帰り際に思い出したかのようにガーゼが入った製品を2つくれて。僕はお礼を言ってその場を去った。

 

本気で僕は盗人たちのいた場所に戻ったがもぬけの殻だった。

 

全部売れたのかな?

 

バングラディッシュ人がタバコを吸っている。

 

はて、この人に聞いてみようか? と思ったけど、たぶん全然関係ない近くのお店の人だろう。

 

考えてみれば、傷害事件をおこしたのだ、普通なら仲間もろとも逃げる。 

 

来週ここに来たら会えるだろうか? いや来るわけがない。 警察を連れて一緒に来ようか? そんなことをしたらさらに激怒しそうだ。

 

僕はコンビニに行ったかな様に瞬間的に縫合してもらって、マーケットに向かう。

 

マーケットを見つけるが盗品はなさそうだった。

 

なんだかみすぼらしく惨めでいて、自分が特別な人間のように感じた。 それは良い意味でなく、悪い意味でもなく、ただ特別に感じた。

 

縫われた唇を見て、ちらっとみる通行人が何人かいた。

 

この状態で誰かが殴りかかることもないだろう。

 

僕はバスに乗ってただ殴られに東ロンドンにきて、また元の家に引き返すのだ。

 

処置の仕方が詳しそうな友人に連絡してみることにした。

 

***

これはイスラムの教えではないかもしれないが

イスラム教徒の友達に

 

新しく会う人をすべて神様の友達と思え

 

と。となると殴ったかれも神様の友達、彼にとっては僕は神様の友達。

 

神様の友達をなぐったわけで、僕も殴られたわけだ。

 

どうにかして彼は僕を友達にしたかったがうまくいかなかった。

 

僕は敵を作りたくないし、誰も憎みたくない。 理由が憎まれたくない、敵を作らないでおくではないけど、結果そうなると思う。

 

どんなに僕を恨んでいる人も結局は仲良くなる、いつかはお互いに自分の悪いところがわかり、相手の事を理解するのだ。

 

相手の事を理解すれば、同じ人間であるわけだから、相手がなぜそういう行動、態度をとっているのかわかる。

 

相手が自分になれば、自分を嫌うことは(できないことはないけど)できないので、結局好きになる。

 

理解がないから、争う。

 

たとえだれかが人を殺しても、なぜ殺したか、殺されたかを相手になれば、必ずわかる。

 

相手がどんな気持ちでどんなふうに生きてきたか瞬時にはわからない。

 

彼は僕が写真を撮ったことに憤慨したが、なぜそういう行動になったのか、完全に理解すれば、要するに彼が僕になれば、わかってくれる。

 

そして僕も彼の立場になって彼になれば、僕を殴ったことも理解できるだろう。

 

お互いが半分半分になれば、争いは起きないのではないだろうか。

 

留学のエピソードで似たようなことが起きた、僕を殺したいと思った人間と最終的にはハグをしあう仲になった。

 

争いから和合に道に進むことは不可能ではないのだ。

 

***

 

次は分析をしてみる

続く