水に浮かぶこころ

英国在住アーティストが綴る不思議なドキュメンタリーストーリー

ロンドンでは根拠の無い励ましをされる。

<手術開始>

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Royal London Hospital

アポイントメントをとったけれど、心配になって、僕はまた病院へ訪れた。病院は暗く、僕の気持ちと同じようにグレーでどんよりとしていた。 

 

まるでもやがゆっくりと動いているようで不気味だった。

 

喜んで病院に行く人はいないだろうから、病院の雰囲気というものはいつもこんなもんだろう。 人はみな俯いていて、何かを考えている。

 

てきぱきと動き患者の名前を冷たく大きな声で呼ぶ看護師たち。

 

僕の唇にできた腫瘍はわずかだけど、すこしずつ大きくなっていた。予約の確認も兼ね、僕は家の近くにある病院へ行く。

受付の男性は、根拠もないのにこう言う。

「手術の日にくれば、外科医がとりのぞいてくれるよ。心配はいらない」

 

ロンドンでこういった根拠のない言葉で励ましてくれた事が何度かあった。 同じ人種でないからこそ、使える魔法のような気がする。

 

僕の後ろにはせっせと毎日のルーティーンとしてモップをかけている清掃するおじさんが床とモップで会話していた。

 

新しいバングラディッシュ系の医者の大家は特に助けにならなかった。彼は僕の専門医でもないし、彼が手術をしてくれるわけではないからだ。

 

雨がザーザー降っている中で公衆電話から彼に電話をした記憶がある。 僕はまだ携帯を持っていなかった。 日本では友達がすくなかったし、携帯を持つ事がいやだったから常に友達には家か公衆電話から電話していた。

 

数週間後、僕は手術台の上に仰向けに寝ていた。

 

手術室と言っても普通の部屋だ。もちろんちゃんとした歯医者にあるような移動式の照明と診療台はあった。でも空間がひろすぎて落ち着かなかった。 

 

医者はひとりだけで、麻酔をうちはじめた。消毒なしでだ。

 

そうしたら、あのパキスタン系の女性があらわれる。彼女が立っているところを見たのは初めてだ。すらっとして痩せていてとても美しかった。腕を組んで壁にかっこよくよりかかっていた。

 

彼女はぼくの唇をぎりぎりと切る男性医師と話をしている。

 

僕に気づいたようで彼女は僕に軽く

Hi

と言った。冷静に、道端でたまたま会ったように。

 

僕はてっきり彼女が手術をしてくるものだと思ってた。

 

彼らは日常会話をしている。手術をしている男性の医者は僕にではなく、彼女と話しながらするのである。 片手間でこの数ヶ月の悩みの悩みの種の腫瘍をいとも簡単にメスでとろうとするのである。

 

5分か10分で仕事は終わる。

 

とれた腫瘍を見せてくれたが、随分と根っこまでとってくれたようだ。 イギリス人の医者がこんなことできるのだろうか?半信半疑でやまない。

 

「こんなものが僕の唇に食いついていたのか。」かかえていた問題一つがなくなってほっとした。

 

彼女とは会話をする前に、白衣をなびかせながら去っていった。

抜糸のためにまた来なさいと言われただけで、彼らは去っていった。

 

完全に放置されてれた。

 

ふたりでコーヒーでも飲みに行くのだろうか。

手術台に取り残された僕は、受付で次のアポを取った後に、煌々と照る太陽の世界へと足を運んだ。 外に出ていいのかどうか不安にもおもった。一生病院にいなくてはいけないのか? ずっと手術台に寝てなきゃいけないような気もした。

 

傷跡のことが気になったが、とりあえず問題は解決した。 たいしたことではないのかもしれないけど、僕にとってはたいしたことだった。 右も左もわからない、携帯もない僕には一苦労だ。

 

全てが幻想だったかのような気がした。

 

僕は気温がどのくらいなのかもわからないけど、とにかく日に照らされて自分が解けて言っている様な気がした。まだ人生この先長いのかと思うとうんざりした。