表現したいけど表現できない日本人たち
歌いたいけど歌えない。
こんなボーカリストは世界で僕しかいないのだろうか
いや意外とそうではなかった。むしろボーカリストというのはシャイなものである。
表現したいけど表現できない、表現できないけど表現したいというわけのわからない格闘があるのである。
かわって、ギタリストは意外と目立ちたがり屋である。
もちろん少なからず他のメンバーだって目立ちたいはずだ。バンドやりたいきっかけは殆どみんな一緒。
スマッシング・パンプキンスのビリーコーガンの女の子にモテたいから始めたいという事言っていた。
スマッシング・パンプキンスのLandSlide
(フリート・ウッド・マックの cover)
歌詞がついているので英語の勉強に:)
子供たちが大きくなるように、僕も変わっていく。
あなたを中心に築き上げてきたから、自分に変化が起きるのがこわい。
後ろを振り返ると、僕の影が雪の丘を覆ってる。
そして雪崩がすべてを消し去ってくれる。
そしてこれが
4 Non Blondes - What's Up
このバンド、フォーノンブロンズのボーカルは人前で全然歌えなかったらしい。
ところがある日突然、神から声を授かったという。
こんな声量がある人が歌えなかったなんて想像できるでしょうか?
もしかしたらボーカリストはみんな
「歌いたいです!」
といって。
「すみません恥ずかしくて歌えません!」
と言う人ばかりなのかもしれない。
前に紹介したCat Powerフォーノンブロンズには共通点がある。
それは彼らの尊敬する女性シンガーがジャニス・ジョプリン
だということだ。
Janis Joplin Down On Me
ジャニスジョプリンは60年代では革命的だった。
さて彼女もシャイであったのだろうか? この激しさは、社会の抑圧からの反発なのだろうか?
ボーカルというのは魂の叫びであるもちろん楽器を弾くのも魂の叫びだが。
物理的にも歌は体の内側から発せられる。 まさに魂の叫び。
これを書いていて、気づいたことがある。
ボーカリストは誰かのために歌ってるのではない。
歌う人は自分のために歌ってるのだ。
歌を歌う人というのは自分のためへのセラピーをしている。
自分という人間を受け入れるために
自分を否定するのではなく、自分で自分を浄化させる
その浄化する作業が美しいから人は感動するのではなかろうか?
*1:ジャニス・ジョプリン - Wikipedia