水に浮かぶこころ

英国在住アーティストが綴る不思議なドキュメンタリーストーリー

海外プー太郎

みんな宗教家である

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Artwork by Satoshi Dáte

明日宿題があるわけでも、明日提出物があるわけでも、明日試験があるわけでもない。だけど僕は人生の転換期で多少なりとも不安を持っていた。大学を決めないことはわかっていたし、これからまた新しい人生が始まるっていうことも知っていた。 

不安はのしかかっていたけど、そういった不安をすべてふり払ってリセットすることができた。だからなんとなく落ち着いている気持ちもあった。毎日焦って大学受験というものに洗脳されて、まるでカルト集団のように日本の美術大学に行かないと死を意味するような恐怖感に囚われて。 

 

みんな競い合ってその恐怖感というものだけのために私たちは

 

「崇拝」

英語で「Worship」

 

しなくてはいけなかった。 神に自分の身を捧げるようなものだ。 考えてみれば僕たちは変な宗教につねに入信してる。 日本という宗教に、アニメという宗教に、ゲームという宗教に、会社という宗教に、学校という宗教に、大学受験っていう宗教に、テレビという宗教に。 

 

自分自身を忘れ、自身の魂を放り投げて。本当の真理というものを見ようとしない。それが人間である何千年も続けていたのだ。 しかしそれを思うと、アフリカのブッシュマンやネイティブインディアンという人たちがいて僕らよりも何か劣っているのであろうか? 

 

科学やテクノロジーというものに振り回されてる僕らのほうがまったくもって何か新しい真理を見つけようとしてるとは思えない。 ただそういうふりをしてるだけではないか? 

 

真理を見つけようとしているのであれば、別にテニスしてたって、サッカーをしてたって、ダンスをしてたって、バイトをしながら人生を楽しんでたって、旅をし続けてブログを書いてるだけだっていいはずだ。 

 

政治家だってなんだって何か偉そうなこと言うけど、実際のところ何を自分がしてるの事の本意を語れる人なんてごくわずかではないか? 

 

ぼくは、ここにくることである程度、そういったことを悟ることはできた。

 

ボストンの街をふらっとあるいてホリデー気分。人生なんてホリデーでもあるし、また英語で言う「practice」 鍛錬、修行であると僕は思っている。