体に傷ができると心が機能しなくなるか?
顔に傷が出来た。
腕や足でなくて顔に出来た。
時には何かのはずみで傷は出来るものである。 小さい頃近所の子に石を投げられ傷が出来たこともあった。
それは自分のせいなのだろうか?そうでないのなら、傷があることになぜ恥じるのか?
自分の持っている大切なものに傷ができたことと違うのか?汚れているシャツを着ていることと、ぼろぼろのシャツを着ている事と似ているのだろうか?
ケアできていない、顔。そういうことなのだろうか?
皆と違うというところから嫌に思うのか。
もし世界が真っ暗になって光が二度と戻らないとしたら、顔のこともきになるのだろうか?
僕は話している相手に傷があっても何も思わない。
可愛そうと思う人はいるかもしれないけど
なにをもってかわいそうと思うのだろうか。
彼らはFunction(機能)している。
傷が出来たことで機能しなくなるのだろうか?
俳優女優やエンターテイメントで活躍する人は傷があるといけないらしい。
それは美しくないからか?完璧でないといけないからか?
それとも何かを想像してしまうからだろうか?
人は完璧を求める。 みえないものは気にしないのに。
ぼくは傷が出来たことでヒドク悲しんだ。 もうもとに戻せないということでヒドク気になった。
何故か?
でもこのおかげで顔や外見がどうでもよくなった。
傷があることで、もはや外見などどうでもよくなったのだ。
実を言うとこれは大きなステップアップだった。
多くの人は外見を気にする、化粧をしたり、服を綺麗にしたリ。
でも本質はどんなに頑張っても変わらないのだ。
人は表面ばかりきにするから、本質を簡単に見えてるふりをしたい。
だから傷があると、質が悪いものと勘違いするのであろう。
もちろん表面に傷がついて機能しないものもあるが、本質はかわらないのだ。
外見的な事がどうでもいいと思うと(もちろんケアはしますが)、逆に人を引き付けるのだ。