水に浮かぶこころ

英国在住アーティストが綴る不思議なドキュメンタリーストーリー

男女混合車両にむりやり入れさせられた②

虫専用車両

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From Saturday Night - suede

久しぶりに東京に帰り、女性専用車両という不思議なものに乗りそうになった話。

実際のところ、この日本という地で生活している人の殆どは疑問も抱かなければ、議論をしない。

 前述>男女混合車両にむりやり入れさせられた①

 

なんども痴漢にあい、苦しい思いをして、男性が恐くてしょうがない。だから女性だけの場所の行きたい。と言う人がいるのが一番の問題かと思う。

 

毎日のように満員電車に乗らなくてはいけなくて、交通手段がそれしかないかもしれない。

痴漢に合ってもそれを注意できない。トラウマになった。というひとも沢山いるだろう。

 

だけれどこれは個人的な問題でもあると思う。というのは、その痴漢に合う人が綺麗だからとか、セクシーな格好をしているから悪いと言っているのではなく、女性にもいろいろな女性がいて、男性にもいろいろな男性がいる。

 

美人で世の中のタイプな女性が必ずしも痴漢に合うわけでもない。

 

僕は男性だけれど痴漢に合ったことが何度かある。そして女性が男性を恐怖に感じると言うことをよく理解した。

 

男性でもそういうことがあるのだ。

 

だけどいま僕は痴漢されると思わないし、痴漢されても平気である。

 

なぜか?

 

人は自分がどういう人間かと考えている心理で人をひきつけると思う。

 

いつも絡まれる人、いつも盗まれる人がいるように。いつも痴漢に合う人がいるのだ。 僕の友人で痴漢にばかり合う人の性格と痴漢に合ったことがない友人と比較してみると明確である。

 

だからその個人として、なぜそういう状況になるかを真剣に考えることが重要ではないかと尾思う。

 

もちろん無差別に痴漢をする人がいるかもしれない。

 

でも僕が痴漢にあったときは僕の脇が甘かったと感じる。 

 

日本社会はへんなところで被害者を助ける。 被害者や社会的弱者を助けるくせにホームレスやお金の無い人達を見下す。

 

僕が言いたいのは個人的な問題で対策をしていたらきりがないということ。

それよりも、なぜ痴漢がいるか、なぜ痴漢にあうか、なぜこんなに満員電車があるのか?

を考えたほうがよいのではないか?

 

被害にあい、トラウマになる女性の気持ちはわかる。僕が痴漢に合ったときはトラウマになった。警察を家に配備してもらおうかと思ったくらいだ。

 

男女区別。人を分けると言うことが社会的にさらに痴漢を増やす結果になる。

 

と思う。

 

女性専用、男性専用、犬専用、猫専用、同性愛者専用(男性)、同性愛者専用(女性)、高齢者専用、子供専用、などなど。きりがない。

こんな話を日本で聞いた。

 

「となりに同性愛者がいるので気持ち悪いので別の席で仕事がしたい」と

 

不快に思っているのだから、わたしは被害者だから私の言うとおりにシステムを変えてください。というのは どうなのだろうか?

 

区別をすることで、差別が生まれてしまう

 

と僕は思う。

 

痴漢がいるのはわかる。でも男性全員が痴漢ではないのだ。

ここには個人的な感情が関係していると僕は思う。

 

男性で痴漢にあわない人がいるとどう断言できるだろうか?

 

あなたは被害者がいるのにひどい! というかもしれない。

だけど

 

危険はどこにもあり、被害にあうことは誰にでもあると思う。

 満員電車でなくても、ただ道を歩いているだけでも、世界中どこでもだ。

 

女性のほうが多いかもしれない。

でも男性だって危険な目にはいくらでもあう。

男性ががたいがいいから狙われないわけではない、僕の友達はそのせいで喧嘩を売られて顎を蹴られて、顔が曲がった。

 

私たちが自分たちで社会やシステムに頼らずできることは

 

この場所は危険だけどそこでどうやって生きるかを考える大人な行動

 

だと思う。

 

続く