水に浮かぶこころ

英国在住アーティストが綴るドキュメンタリーストーリー

顔に傷ができた、歯が折れた。顔とは何か? - イギリス留学<準備編>

人の顔はなぜ必要なのか。 

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"Hospital" Artwork by Satoshi Dáte

事故があるまで、自信がなくて生きていて、顔にも体にも劣等感を感じていた。

でもこころのどこかで自分はかっこいいとか思っていたかもしれない。

自分の顔が変化したことにひどくショックをうけた。

 

自分が自分でなくなるのが恐かったのだろうか。

自分がより醜くなるのがいやだったからか。

 

顔は僕らになぜ必要なのか?

 

表情を作って相手に表現をするから?

 

「顔が必要なのは当たり前だろう」

 

とあなたは言うかもしれない。でもなぜだろうか?

 

なぜ自分の顔でなければいけないのだろうか?

 

今振り返るとなにをあんなにパニックになっていたのかわからない。

 

病院に行くと

 

小さい頃からお世話になったお医者さんが

 

「生きてれば傷くらいできるだろう」

 

と何をそんなに心配しているのだとあきれた顔で言われた。

 

意外と楽観的であった。

 

「体はうってないね?」

といわれたが

 

念のためレントゲンを撮った。

 

内臓に障害がある方が顔の怪我なんかより医者にとっては(誰にとっても)重要なのだろう。

 

「歯は歯医者に行ってください」

 

といわれ、僕は歯医者に行くことにする。

 

しばらく僕は欠けた歯で過ごし、屈辱的な思いをした。

 

どうしても会わなくてはいけない人達もいたので、何が起きたかも言わずに会った。

彼らは僕の傷のことや歯の事はとくに触れず、普通に話してくれる。

 

別に化け物になったわけではないが、化け物になった気でいた。

 

醜いと思っていた顔がさらに醜くなっただけではないか(醜くなったのか?)

 

何を気にしているのだろうかと心の中でつぶやいた。

 

テレビや周りの人、親戚で歯が折れたりかけた人が意外と多くて段々と安心した。

 

歯はどうにでもなるのに、何をあそこまでパニックになっていたのか。

 

傷も残ったが、だからどうしたというふうに思えるまでかなり時間がかかった。

 

傷があると人間としてどんな価値を持つことになるのだろうか?